Sanghawai[サンガワイ]

プラクティス。自分の学びの先にあるもの by Yoko Fujiwara

私自身、ヨガ・ティーチャーをしていますが、教える側に立つことは自分の練習の延長だと思っています。

私はヨガの練習がすごく好きなだけでなく、生活の一部としてごはん食べるのと同じくらい大切です。これがないと私の人生はちょっと(いや、かなり)狂うと思います。大げさな言い方ですが。

何事も練習を続けるといろんなことがわかります。いいことも、悪いことも、コツも、無駄も。
裏表が見えてきます。
特にヨガは自分がどんな人間なのか、裏表あからさまに見せつけられます。

私にとってヨガのプラクティスは現実を見据えること。良くも悪くも。現実を見据えることによって、周りで起こる事情に動揺しなくなります。こうやって私は自分の中の平穏を保っているのです。

私自身プラクティスを通して色々な経験をしてきました。だから他の人の練習を見たときに、いろんなことが手に取るように感じられます。自分もかつてやったことがあるから。こうやって私は自然とヨガ・ティーチャーになったのだと思います。

ヨガを教えていることを理由に「練習をしないと」とか、「この本を読まないと」とか、「こういう生活をしないと」とかって、すごく教えることがおっくうになりそう。
だから私は、一人一人が自分らしいプラクティスを見つけ、それを教えることに意味があるのだと思っています。